休み休み

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残念賞

 

 

「……なんでぼく、師匠に勝てないんだろ」
 无限と小黑それぞれが術で操る金属板を決められた範囲内でぶつけ合う、遊戯じみた修練のあとのことだ。外に押し出されるか弾き飛ばされたら負け、という条件でもののみごとに五戦五敗を喫した弟子は、地面に短い両手両足を放り出してぐったりしながらそう言った。
 山中にぽかんとひらけた、猫の額ほどの平地だ。休憩を兼ねての軽い手遊びのつもりが意外と白熱してしまった。
「術の強度が違うだけだ。正確さはおまえだって優れているよ」
「んー……」
 いつもなら拗ねたり膨れたりしながら再戦を要求してくるものだが、どうやら今日は精魂尽き果てたようだ。もはや今日の出番はあるまいと、小黑に貸していた金属板を操作して腕に装着する。无限のそのごく日常的な仕草を、熱心に小黑は目で追いかけていた。
「……ね、師匠、強度ってどういうこと? それってどうやったら鍛えられるの?」
 いざ改めて教導してみると、小黑は実に勤勉な弟子だった。
 生まれたての、幼い妖精であることがここばかりは逆によかったのかもしれない。好奇心が強いうえに呑みこみが早い。
 素質がある、という点はもう二の次でいい。小黑自身の意志こそを无限は尊びたい。
 その熱心な弟子に地面から一心にじいっと見つめられ、少し瞬く。戻したばかりの金属板を再び一枚手にとり、无限もまた地に胡坐で腰を下ろした。膝元へ、がばっと起き上がった小黑がすぐににじり寄ってくる。
「術の強度とは……」
 軽くひらいた手の上で、金属板をゆるやかに回転させる。小黑にも教えたことがある、基本のうちでも初歩の術だ。
 徐々に回転を増やしていくと風切り音がうなりだす。ぶんぶんと耳の底に溜まるほどになってから、无限は無造作にそれを少し離れた岩目がけて放り投げた。
「すなわち理解力だ」
 きんっと甲高い音を生んだ金属板は、岩を貫通して无限のもとまで戻ってきた。ごく薄い長方形の孔が穿たれた岩を、小黑は首を伸ばして見つめている。
「わかるか?」
「全然」
 不満をたたえたあどけない顔が无限の腿の上に乗る。
「どういうこと?」
「小黑、手を出して」
「ん」
 小さな手に金属板を持たせてやる。不思議そうに瞬くまるい目が掌中と頭上とをせわしなく往復して微笑ましい。
「おまえはこの板を操れるだろう?」
「うん。余裕だよ」
「では、これを使って何ができる?」
「何って……」
 小黑は少し眉を寄せて无限を仰いだ。
 機嫌の悪い顔とは違う。自分の内側を覗きこんで答えを探り当てようとする、没頭の表情だ。その上を小黑の操る金属板がのんきに流れていく。
「えっと……まずこうやって飛ばせるでしょ。小さく固めたり、薄く伸ばしたりもできるよ。果物だって魚だってこれがあれば切れるし、あとは……あとは……」
 ころころした指を折り曲げながらの口上がふっと詰まる。困り顔の額を撫でながら无限は微笑んだ。
「わかったな?」
「……わかった。ぼく、ぼくができることがちゃんとわかってないんだ」
 小黑の手が、あてどなく宙を泳いでいた金属板を掴み寄せる。胸に抱えたまま无限の腿を跨ぎ、胡坐の中心にどすんと収まった子は、難しい顔をしている。
「……いざ何ができるか考えてみるの、結構難しいかも」
「それはそうだ。料理だってひとつの食材から色々なものができる」
「師匠は焼くだけじゃん。しかもまずいし」
 いとけない手が、おのれの指の力でくるくると金属板を回転させている、无限がそれを操って横取りすると、小黑はあっ、と叫んだ。
「ちょっと師匠! ずるい!」
 ずるい、と言いながら小黑は手を伸ばしはしない。よく光る目で空に躍る金属板を追いかけながら、无限の術に干渉しようとしているのだ。
「私から奪い返せたら、今日の夕飯は町で好きなものを頼んでいい」
「やった!」
 飛び回る金属ばんを見つめて无限の膝を両手で掴む子の姿は猫そのものだ。人型を保つことすら忘れてしまいそうな小黑の頭に手を置き、そっと笑う。
 本当に良い弟子を得た。
「できなければ野宿だ。食事は私が作る」
「えーっ、やだ!」
 金属板が空中で大きく揺らいだのは、不可抗力というものだった。